2月27日 救急搬送
自宅に戻るとスーザンは布団の上で体育座りをしていました。
「大丈夫?」
声をかけると、スーザンはうつろな目でこちらを見返してきました。
「どうしたの? なにかあったの?」「お薬全部飲んだの?」
聞いてみますが、どうも要領を得ない。目線は定まらず、ろれつもまわっていない様子。直ちに危険な状態ではないとはいえ、睡眠薬の過剰服用による症状が出ていることが見て取れました。
即座に119番に電話します。救急である旨、住所、目印、スーザンの年齢、症状、こちらの電話番号。これらを伝え、救急隊員の到着を待ちます。
救急の方が来るまで、私はスーザンに「大丈夫だよ」「すぐ良くなるからね」と語りかけました。電話を職場にかけてきた時、声は涙声になっており、悪いことをしたという思いにかられていたことがうかがわれたからです。
うつろな意識でその思いがどれだけ届いたかどうかはわかりませんが、少しでも気分が和らいでくれればという思いで声をかけ続けます。背中越しに抱きしめ、体を温めます。顔色は真っ青になっており、手を握るととても冷たい。
スーザンは身長155cmと小柄なのですが、その小さな体が消えさりそうに震えていました。生命の危険がないことはわかっているつもりでも、「まさか」「もしや」という気持ちはあり、救急の方が車での時間がひどく長く感じられました。
10分ほどして救急隊員の方々が到着しました。まずは先発隊の方。症状などを伝えます。続いて後発隊の方が到着し、搬送の準備をはじめました。
「ご主人は奥さんに声をかけてあげてください。休まると思いますので」
手を握り、肩をゆっくりポンポンと叩き、少しでもスーザンがリラックスできるよう、休まるようにします。
今度は警察の方もやってきました。119番をかけた際に、睡眠薬の過剰服用ということを伝えておいたので、事件性の有無の確認に来られたようです。
睡眠薬の出元が病院であること。医師の処方箋に基づく薬であること。服用した薬の数が明確であること。以上の点から事件性はないと判断され、警察の方は早めに引き上げられました。消防と警察がここまで連動しているということは、こういう薬物に関する捜査は一般的なのかもしれません。
家はアパートの2階のため、救急隊員の方がスーザンを背負い、救急車へ。私も乗り込みます。
「それではこれから搬送先を探しますので」
救急隊員の方が病院に電話をかけます。
「こちら○○救急です。搬送お願いしたいんですが」
症状を伝え、受け入れできるかどうかを確認していますが、なかなか受け入れ先が決まらないようです。一つ目に断られ、二つ目に断られ、そして三つ目も。
「救急車のたらい回し」という話は聞いてはいましたが、まさか現実に「される」側になるとは思ってもみませんでした。救急の現場はどこも手が足りていないのでしょう。四つ目も断られたようです。
スーザンの意識はまだうつろでした。
「これなに?」「どこ?」「何するの?」
顔色はますます悪くなり、握った手は冷たくなっています。
「大丈夫だよ、これから病院に連れて行ってもらうからね。待っててね」
担架に寝るスーザンに声をかけ続けます。
「受け入れ決まりました。これから●●病院に向かいます」
救急車が動き出しました。スーザンの手はますます冷たくなっています。
サイレンを鳴らした救急車が車列を割って進んでいきます。「モーセの奇跡のような」と言ったら月並みでしょうか。陳腐すぎますでしょうか。信号待ちの車列をぬって行く光景はなんとも不思議なものでした。
病院に着くまでの時間はひどく長く感じられましたが、とにもかくにも病院に到着。すべてを先生に委ねます。
「スーザンが良くなりますように」
私ができることは、ただひたすら願い、祈るだけでした。