ブログは自己顕示欲

鬱になった妻(スーザン)の記録をしていくブログです。

6月24日 心配事

 17日の通院を休み、この日は久々の……という予定だったのですが、今日もスーザンの体調が悪く、私だけ病院に行き、近況を報告し、お薬をもらいます。スーザンの体調があまりよくありません。
 体調が悪い理由は実はわかっています。心配事があるのです。同時並行で婦人科にもかかっています。自治体の子宮がん検診を受けています。その結果が怖い。もし悪い結果が出たら。そう考え過ぎてしまい、17日の通院を休んだのです。
 あまりにも心配だったので、20日に結果を聞きに行き、心配事はひとつ減りました。ところが、もうひとつの心配事ができてしまいます。かかっていた精神科の先生が退職してしまったのです。家族のご事情ということで、急な退職だったようです。
 先生が変わる。初めての先生。またいろいろ話さなくてはならない。もう一度振り返らないと。思い出さないと。そういったことが負担になり、体調に出てしまったようです。
 心が弱っている状態に、心配事は良くありません。回復しつつあるとはいえ、悪いことが重なれば、また悪い状態に戻ってしまいます。
 幸い、私の印象では、新しい女性の先生は優しく、当たりが柔らかい印象で、問題ないとは思うのですけれど、こればかりは相性の問題もありますので、何とも言えません。
 次の週にまたお医者さんに行ける体調になればいいんですが。

6月20日 酒に呑まれる

 お薬を飲むようになって、スーザンはお酒を飲んでいません。お酒とお薬の相性にはやはりいろいろな問題があり、肝臓や腎臓に悪影響を与えてしまう場合があります。そういったもろもろを考え、お酒を飲むのを控えるようになり、せっかくなので私もお酒を飲むのをやめています。
 この日は久々に取引先と会食することになり、久々にお酒を飲むことにしました。3ヶ月ぶりのお酒です。久々ということ、そして取引先の人がテンポよくお酒を飲むのにつられ、飲み過ぎてしまいました。なんとかタクシーに乗り、帰宅。
 帰るなりトイレにこもり、吐いていたようです。このあたり、正直断片的な記憶しかありませんが、断片的な記憶しかないというくらい飲んでしまったということです。
 スーザンには心配させてしまいました。目覚めた後も怒っています。当たり前です。
 スーザンに心労をかけてはいけないというのに。お酒には気をつけないといけません。

6月13日 平穏な家事の日々

 スーザンは日に日に安定してきています。笑顔の時間が増え、つらそうな表情の時間が減っています。
 最近は家事をする余裕も出てきました。いろいろと食事を作ってくれます。特においしいのが鶏ハム。味付けをした鶏のムネ肉を筒状に丸め、ハムのように仕上げていきます。これをご飯のおかずにしてもいいですし、パンに挟んで食べても凄くおいしい。
 精神的な余裕が、日々の暮らしの余裕につながっているようです。余裕が出てきたから食事をつくることもできるし、余裕があるからそれを楽しむことができる。
 私はというと、仕事にかまけて、その恩恵を受けるばかりです。いつもおいしい食事を用意してくれるスーザンには感謝しきり。本当にありがたいことです。
 心配なのは、これまで度々書いていることですが、スーザンの凝り性の部分。家事にこだわりすぎて、かえって疲れてしまわないか。この点は心配ではあります。食事をつくってくれて嬉しいし、何よりおいしいのですが、その反動がなければいいなと。
 もちろんスーザン本人もそうならないように、ある程度は抑えているのでしょうが、それでもなお行き過ぎが気がかりです。ブレーキの踏み時・かけ時が本当に難しい。
 とはいえ、少しずつ一般的な生活を送れるようになったことは前進。ご飯をつくって食べる。これができるようになっただけでも回復したことがわかりますし、今まで如何にこういったことを「普通」とか「日常」と考えていたかということがわかります。家事は本当に大変なものなのです。
 平穏であり平凡な日常。一日一日そのありがたみを感じて過ごしています。

5月29日 不調の波

 以前と比べて、スーザンの調子は安定しています。調子が良い時というのは以前から変わりがないのですが、違いが出るのは不調の時。それこそ自殺するかどうかというところまで追い込まれてしまいます。
 安定していると思うのは、不調の時の落ち込み方が小さく、そして好調である時間が多くなっているから。調子の下限が上がっています。そのことで調子の変化が緩やかになり、起伏がないからこそ日々の暮らしが安定し、落ち着きをもたらしているのだと思います。
 とは言っても調子というのは、あくまで波のようなもの。悪い時はあります。今日はまさしくそういう日。仕事を終え、家に帰るとスーザンの顔色が良くありません。
 掃除をしたり、荷物の整理をしたり。家の細々としたことを今日は一日かけて取り組んでくれたようです。昼寝もせずに作業に集中してしまったせいか、スーザンは疲れきっているようでした。
 この疲労が曲者。疲れたときは総じて調子が悪くなるもの。まして疲れきってしまうと、なかなか眠れなくなってしまう。睡眠というのは疲れをとるものなのですが、本当に疲れきってしまうと眠れなくなってしまうのです。お医者さんが「とにかく休んでください」というわけです。
 依然としてスーザンの生真面目な性格が裏目に出ることがあるようで、何かに頑張り過ぎてしまうと、その反動が出てしまいます。
 最近は一錠で済んでいた睡眠薬ですが、さすがに今日はそれでは眠れないようで、追加でもう一錠飲み、やっとのことで入眠します。寝るためにも体力が必要というのは、健康な状態ではなかなかわからないものです。
 疲れきってはいけない。体力を使いきってはいけない。休むのにも、自分を癒やすのにも最低限の体力が必要であるということがスーザンを見ているとよくわかります。程々の加減が何事も肝要で、そして一番難しいことなのですね。

5月20日 杞憂

 朝早く起き、身支度を整え家を出ます。今日はとても忙しい。いつもの通院に加え、内科で血液検査の結果を聞きに行かなければなりません。精神科は11時の予約なので、内科を9時に受診しないと間に合わない。早めに病院に行き、開院を待ちます。
 朝一番の受診。返ってきた答えは異常なし。甲状腺や肝機能を含め、どの数値にも問題がありませんでした。とりあえず一安心。血液検査の異常とお薬との関連性というのが最も疑われるため、この一週間というもの、とても心配でした。まずは良かった。
 スーザンは「なんだったの」と少し不満気ですが、私としては健康であることがわかっただけよしという考え。お薬を今後も飲み続けていても問題なしというお墨付きを得たということにします。ほっ。
 続いて精神科へ。血液検査の結果を報告します。他は特に変化もないので定期報告。状態も安定しているので、実家への帰省を相談したところ「問題ない」との返答。また、通院周期も一週間ではなく、二週間に変更することになりました。とりあえず一息といったところでしょうか。
 薬局に行き、お薬を二週間分処方してもらいます。二週間分となると、お薬も大量です。睡眠薬に頓服薬に、うつのお薬、便秘薬……。血液に影響があってもおかしくないと、そばで見ていて思います。それでもなお悪影響が出ていないということは、それなりにスーザンが健康であるということなのでしょう。
 今思うと、ある程度健康であるからこそ、精神的な負担を我慢してしまい、限界を越えてしまったのかもしれません。我慢できる程度には健康だった。だからこそ、病んでしまうほどにいろいろ貯めこんでしまった。心のダムが決壊してしまった。
 今は不安は不安として吐き出してもらい、貯めこまないようにすることが大事なのでしょう。過去の整理と、これからの不安の消化。これが進んでいくことで、心の傷が癒やされていくと思います。
 まずは何事もなくてよかったね、スーザン。

5月13日 敵は内にあり

 ゴールデンウイークが終わり、今日からまた通常のサイクルでの通院となります。毎週火曜日の11時に予約をとり、病院に通っています。
 近況の確認などをします。私が見るところ、スーザンの状態に変化はありません。が、前回受けた血液検査の結果がどうも思わしくない様子。甲状腺の数値に異常があるようです。内科での検査を勧められたので、近所のかかりつけの内科に行き、血液検査を受けます。お薬をたくさん飲んでいるので、やはり影響が出たのでしょうか。肝機能の数値も、わずかばかりとはいえ、正常値から外れています。
 スーザンの調子が目に見えて悪くなりました。やはり不安要因は彼女を追い詰めてしまうようです。他に不安なことがあると、尚更よくありません。今回はお部屋の掃除のこと、近所の騒音のこと、日々の暮らしのことなど、いろんな不安や不満が重なってしまいました。
 4月に受けた血液検査でが特に大きな異常はなかったので、お薬を変えたこと、そして種類が増えたことが問題と疑われますが、しかしだからといって、せっかく安定してきたスーザンの病状を考えると、軽率にお薬を減らすわけにもいきません。
 そういう諸々がスーザンの心を締め付け、体調不良につながっていると思うと、なかなか歯がゆいところがあります。せっかく前向きになってきたのに。敵は内にあり。一週間後の検査結果で異常が出ないことを願うばかりです。
 相変わらず私は願うだけしかできない。それもまた悲しい。

5月8日 凝り性

 スーザンの病状は一進一退といったところでしょうか。表面上は大きな変化を感じられません。良くなっているとも、悪くなっているとも。
 ただ、内面的には薬が効いているのでしょう。いろいろな夢を見るといいます。また、過去の話をいろいろとしてきます。つらいことを思い出すこともあるようです。今回の病気に至った様々な情報を、脳が整理しているのかもしれません。病状が前に進みだす踊り場のようなところに来ているのかもしれません。
 そのために、瞬間的に悪い状態になることがあります。実際に行動に移すことはないものの、「死にたい」と漏らすことがまた増えてきました。以前より安定しているので、一応は安心して見ていますが、やはり心配ではあります。死なれてはなんにもなりませんので。
 ビーズ手芸やコラージュ、お部屋のお掃除などを私が仕事などで外出しているときはしているようです。真面目なスーザンのこと、どれも取り組み方が真面目です。徹底的といえば徹底的。
 仕事でもそうだったのでしょう。そしてそれが病む理由となったのでしょう。スーザンの趣味への取り組み方を見ていると、仕事でもそうだったのだろうなと思います。細部まできちんと仕上げる。他の従業員のことまで考えて。そんな様子がうかがえます。
 そういう思いを受け入れられれば、次への活力となり、元気となるのでしょうが、それが否定されると落ち込む原因となり、やる気の喪失につながるのでしょう。そういう繰り返しが仕事場でのスーザンを追い込んだのと推測しています。
 もちろん病んだ理由はひとつではなく、仕事だけが原因ではありません。授かった子どもが流産してしまったことはスーザンにとって大きな傷跡となっていますし、仕事がそれかと問われれば、それはかなり微妙な話です。
 とはいえ、いろいろな要因が合い重なって、今こういう状況が生まれています。スーザンには「休め」としか言いようがないですし、本人も休養の重要性をわかっているつもりなのでしょうが、しかしそれでもただ休むのが難しい。何かしてしまう。
 病気になってから、ただ横になる、そして横になっていたら眠っていたということがなくなったとスーザンは言っていました。不眠というのもなかなかつらいものです。実際、睡眠薬の助けを借りているのが現実です。
 あまり疲れず、気軽に取り組めるいい趣味はないものでしょうか。